銀の風

一章・新たなる危機の幕開け
―10話・噂の大蛇の正体は?―



一行は急いで体勢を立て直す。どこから大蛇が来るか分からない。
息を呑み、辺りを警戒する。すると・・
「一体何の用ですか?」
のっそりと現れた、茶色い鱗の大蛇。頭だけは灰色の鱗で、目は意外と穏やかだ。
だが、その体は鎌首をもたげれば見上げるほど巨大で、体長数十mはあろうかというほどだ。
ひとたび暴れれば、この辺り一帯を壊滅させる事もたやすいだろう。
だが幸いな事に、とりあえず今の所は敵意は感じられない。
「何って……」
思わず答えにつまる。何の用かと問われても、噂の真相を確かめに来ただけなのだ。
だが、まさかその通りに言うわけにもいかない。
「倒しに。」
「〜〜〜?!」
リュフタが絶句した。青ざめた顔で口をパクパクさせ、慌てふためいた様子で前足を上下させる。
アルテマも、驚いて目を見開いていた。
一体リトラは、何を考えているのか。こんな巨大な蛇相手で、勝算などあるのだろうか。
「前、勉強した召喚魔法に載ってた土属性の召喚獣。
えーっと・・ミドガルズオルムだったな。ぜってー呼んで見たいんだよな〜。」
「り、リトラはん!!本気なんか〜?!」
気が狂いそうなほど動転し、混乱しかけているリュフタと対照的に、
リトラはきわめて冷静だった。
特に勝算があるわけではないが、だからといって負ける気もない。
彼の態度が、それを物語っている。
「……召喚士殿ですか。私に、挑戦なさるおつもりのようですね。
その決意に揺らぎはありませんね?」
僅かにミドガルズオルムは目を細める。
鋭い眼光が、リトラに向けられた。
「勿論だぜ!おい、アルテマも文句ねーよな?!」
揺るぎない自信が、その言葉に表れていた。
「あんたねー……まあいいけど。あたしも、強い奴と戦うのは好きだしさ!」
アルテマまで闘志をみなぎらせ始めた。
強い相手と戦う事は、彼女の目的には反しない。
二人とも乗り気とあっては、もはやリュフタも観念するしかなかった。
「……好きにせぇ……」
「サンキュ。じゃ、行くぜ!」
リトラが地を蹴って高く跳躍した。その身に不釣合いな斧を振り上げ、先制攻撃を仕掛ける。
だが、それをあっさり受けるほど相手は鈍重ではない。
巨体に似合わぬ俊敏な動作で頭を振り、リトラを弾き飛ばす。
「甘いですね。」
「うわ!」
斧で体をかばったとはいえ、それでもかなりの衝撃が襲ってくる。
まともにくらえば、脳震盪ではすまないだろう。
何とか宙で一回転し、仲間から少し離れた位置に着地した。
「リトラはん、大丈夫か〜?!」
「このくらいなんでもねぇよ!人の心配する暇あったら、こいつの弱点の一個や二個教えろよ!
この、どケチウサギリス!!」
この位では、憎まれ口も余裕で叩けるらしい。
多少カチンと来て言葉が出掛かるが、そこは場合だけにぐっと押さえた。
「言う前にあんさんがなーんも考えへんでいったんやろー・・。
ミドガルズオルムの弱点ゆうたら、土の反対や!リトラはん、魔法の勉強で教わったやろ!!
属性の種類と相互関係は、基本中の基本やで!!」
火・水・氷・風・土・雷・光・闇・無。大自然に存在する、基本の属性。
全ての魔法や生き物は、このどれかの属性を必ずその身に持っている。
それは、どんな存在であろうと例外ではない。
ミドガルズオルムは土。ならば、反する属性は風。
「って、風属性のもんなんてあったかよ・・?
風属性のものって言ったら、エアロ系と・・後何だっけな?
あ、魔法剣ってのがありか・・。」
「言っとくけど、魔法剣にエアロ剣なんてないからね!!」
リトラはわざとらしく舌打ちをした。
もし彼女がエアロ剣を使えれば、戦局が有利になると思ったのだが。
「あ・・エアロ系は青魔法だったか。」
魔法剣が武器に付与できるのは、黒・白の攻撃魔法のみ。
それ以外の系統の魔法は、扱う事が出来ない。
「でも、こいつは蛇だし……あ!」
「そっか、あれだね!よーし、あたしに任せな!!」
幻獣といえど、蛇は爬虫類の一種。ならば、寒さに弱いはずだ。
風が使えなくても、氷がある。氷ならば、黒魔法にブリザド系という形で存在する。
残念ながら、リトラは地形は使えるが黒魔法を使うことは出来ない。
しかし、アルテマならばそれが使える。
「よーし……」
アルテマが剣に手を当て、精神集中をはじめる。
「何をするつもりかなど・・お見通しですよ。……・―――クエイク!!」
短い精神集中の後に、いきなり魔法が発動した。
魔法の名を叫ぶと同時に、激しく大地に尾を叩きつける。
「うわ!!」
「ひゃあ!!」
「ひょえ〜!」
地面が激しく揺れる。地面にはいくつも裂け目が生まれ、彼らを飲み込もうと襲ってくるのだ。
もしでも飲み込まれれば、魔法が終わると同時に元に戻る地面の間に挟まれ、出る事は叶わない。
「ブランチアロウ!!」
リトラが叫び、木の幹に念を込めた手で触れる。
その波動は周りの木々にも伝わり、すぐさま己の枝を次々矢のように放つ。
リトラが斧と召喚魔法以外に使う、もう一つの技だ。
大自然の力を読み、操る技・地形。
扱いこなすためには、自然に対する深い知識とそれを同調させる精神力が求められる。
リアの召喚士たちはミストの召喚士と違い、白・黒魔法を習得しない。
その代わりに、地形を覚える。これを使いこなす事が、召喚獣を扱う資格となるのだ。
「……!!地形……そうですか。あなたは、リアの召喚士ですね。」
枝を振り払い、リトラを凝視する。
何かを考えているのか、その目に殺気はあまりない。
「だからどーした!!こねえならこっちから行くぜ!!」
「今度はあたしの番だよ。凍てつく氷よ、我が剣に宿れ。ブリザド剣!!」
アルテマを取り巻く大気の水分が、一瞬にして凍りつく。
それはアルテマの手のひらに宿り、そして剣に吸い込まれていった。
氷の力を得た刀身は青白く輝き、僅かに冷気を放出し始める。
「でぇぇい!!」
弾き飛ばされる可能性を厭わず、横から胴を狙って切りつける。
死角からいきなり現れた彼女に驚いたのだろう、一瞬反応が遅れた。 
身をよじってかわそうとするものの、太い胴に一本傷が入る。
浅くも深くもない傷は、凍てつく冷たさを持った刀身のために、凍傷となっていた。
魔法の力で、傷の周りも凍りついている。
「さすがやな、アルテマちゃん!」
「リトラより役に立ってるかもね〜。」
リトラが横目で睨み付ける。冗談でも、それなりに頭に来るものだ。
どうにか見返そうと、知識と記憶を手繰る。
(風・・そういや地形にもいくつかあったな。何で今まで忘れてたんだ俺?
まあいいか、これで勝負を決めてやる!!)
にやっと笑い、アルテマと戦うミドガルズオルムの背後にこっそり回る。
今、彼の意識はこちらに回っていない。今が絶好のチャンスだ。
「かまいたち」
ぼそりと小さくつぶやき、念を込めた手を空にかざす。
瞬間、大気が震え、無数の小さなかまいたちが生まれる。
それらは音もなく空を切り、瞬く間に標的の体に食い込み、切り裂いていく。
痛みでようやくリトラの行動に気づき、鎌首をもたげて向き直る。
体からは、おびただしい量の血液が流れている。
「……私の背後をとるとは。やはりルーン族、幼いといえども頭は切れるようですね。」
「へへ。俺、相手が背中向けてたら遠慮なく斬るタチだからな!
戦いのお約束だろ?」
魔物との戦いや戦場で、戦いの礼儀や作法などは関係ない。
隙を見せれば切られても文句は言えない、勝利のための手段は選ばない。
下手にこだわれば、それは自らが滅びる元となる。
「……リトラはん、それは褒められた事やないで。」
多少呆れつつも、リュフタは心の中ではリトラの行動を評価していた。
実はその時、正面からミドガルズオルムを相手にしていたアルテマが危険だったからだ。
いかに魔法剣を使ってようと、彼女の年齢や相手との体格差は大きなハンデ。
リュフタは打撃要員にはなりえないため、攻撃で彼女を援護する事は出来なかった。
だからこそ、あの瞬間のリトラの攻撃はありがたかったというわけである。
「はぁはぁ……ありがと、たすかったよ。」
「?何でだよ。」
だが、リトラはそれを見てはいなかった。
アルテマに訳も分からず礼を言われ、首をひねる。
「なんつーか……ちょっとさっき危なかったから。」
「そっか。」
そっけない返事を返し、再びミドガルズオルムに目を向ける。
次はどう出るつもりなのか。
「……・よろしいでしょう。」
「え?」
きょとんとして、思わず目をしばたたかせる。
ミドガルズオルムの目には、穏やかな表情が浮かんでいる。
もはや戦う気はないようだ。
「あなたを我が主人として認めます。
私の力が必要ならば、いつでも呼んで下さい。どこであろうと、必ず参りましょう。」
「マジで?!」
「やったじゃん!」
2人でパンと互いの手を打ち合わせる。
「ミドガルはん、後悔せえへんようにな〜。リトラはんは厄介やで〜?」
「茶化さないでください、リュフタ。
一度認めた主人です。後悔などしませんよ。」
生真面目な返事を返し、自らに回復魔法を施す。
「じゃ、帰ろうぜ!」
「そうだね。あ、今夜どうする?」
目的を果たした一行の表情は、底抜けに明るい。
こうして新たな召喚獣を味方につけた一行は、バロンに引き返すために再び旅立つ。
「――――いでよ、ケーツハリー!」
大蛇のうわさの真相を知りたくてうずうずしている子供たちの元に、
一刻も早く帰って教えてやろう。きっと驚くはずだ。
そんな事を考えながら、ケーツハリーに乗って空の旅。
バロンへ向けて。



―前へ―  ―次へ− ―戻る―

前回からかなり間が空いてごめんなさい……・。
内容に関しては……書くの好きなくせに、下手な戦闘シーンが……(涙